鎌倉で2019年の台風被害を受け撤去保存されている「西田幾多郎博士記念歌碑」を稲村ヶ崎公園内に復活させるプロジェクトが現在、鎌倉市の呼び掛けで始まっている。
2019年10月の台風19号で歌碑と案内板の下の土砂が流出した
西田幾多郎は、「善の研究」など多くの著書を残した日本を代表する哲学者。58歳で京都大学を退官後、1933(昭和8)年から亡くなる1945(昭和20)年まで、春と秋は京都で、夏と冬は同郷の親友で仏教哲学者の鈴木大拙が住んでいた鎌倉で、それぞれ過ごした。
七回忌の1951(昭和26)年に鈴木大拙をはじめ友人らが発起人となり、鎌倉・七里ヶ浜の砂浜に歌碑を建立した。西田は歌人としても200首以上の短歌を残しており、鎌倉の海にまつわる短歌も多く、同歌碑には「七里濱 夕日漂ふ波の上に 伊豆の山々果し知らずも」が刻まれた。
歌碑の設計は、モダニズム建築の巨匠といわれるル・コルビュジエに師事し、神奈川県立近代美術館鎌倉(現鎌倉文華館 鶴岡ミュージアム)などを手掛けた建築家の坂倉準三。歌碑は御影石製で、高さは約2.5メートルある。
歌碑はその後、砂浜より一段高い国道134号沿いの歩道に移設されていたが、2019年の台風で歩道下の土砂が流出。安全確保のため現地からの移動が決まり、現在は、市が案内板と共に鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区内で保管している。
市は建立から70年の今年、「西田幾多郎博士の偉業を、今後も市民や鎌倉を訪れる方々に伝えていきたい」と、再設置のためのプロジェクトを立ち上げた。現在、ふるさと納税を利用したガバメントクラウドファンディングで寄付を募っている。目標額は、整備や再設置に掛かる費用の400万円。3万円以上の寄付には、案内板の裏面に寄付した人の氏名(ニックネームも可)を刻む。
再設置を予定する場所は同公園で、江ノ電稲村ガ崎駅から徒歩5分。2022年3月末の工事完了を目指す。公園は、江ノ島を背景に富士山が見える眺望スポットとして「かながわ景観50選」「関東の富士見百景」にも選ばれている。
同市観光課の石川雅之さんは「鎌倉市中央図書館に保存されていた『建立会発起人並びに賛同者名簿』を見て驚いた。文学、美術、音楽、建築などの広範囲にわたる著名な文化人の名前が並び、西田博士がどれほど多くに尊敬され、慕われていたかがよく分かった」と話し、「この機会に、改めて博士の足跡を再認識してもらい、歌碑を鎌倉のシンボルにもなる文化観光スポットとして整備・復活できれば」と支援を呼び掛ける。
寄付はふるさとチョイスの公式ホームページのほか、郵送や持参でも受け付ける。8月29日まで。問い合わせは市企画課ふるさと寄附金担当(TEL 0467-61-3845)まで。