鎌倉のカフェ店主・本多理恵子さんが執筆しベストセラーとなった「料理が苦痛だ」(自由国民社)に続き「ようこそ『料理が苦痛』な人の料理教室」(KADOKAWA)が8月に発売され話題になっている。
「ようこそ『料理が苦痛』な人の料理教室」は四六判184ページ。1,250円(税別)。カラー写真入りで料理教室でも調理したレシピも並ぶ
「料理が苦痛だ」は、料理が好きではないという本多さんが、家庭で必要に迫られて料理を続ける呪縛から開放されるヒントを提供。昨年11月の発売以来、読者の共感を呼び重版を繰り返し、今年9月10日には「料理レシピ本大賞inJapan」エッセイ賞を受賞した。
続編となる「ようこそ~」も、料理を苦痛に感じながら実際にはやめることができない人の苦痛を和らげる内容で話題になっている。
短大卒業後、主に企業人として働き続けていた本多さん。出産後も無理のない範囲で仕事を続けていたが、たまたま知り合いが立ち上げるチョコレートショップを手伝うことになった。「私の実家が和菓子屋だったという縁で声を掛けてもらったが、実はほとんど家業を手伝ったことはなかった」と笑って振り返る。
真新しい店舗に足を踏み入れた瞬間に「帰って来た感じがした」と言う。高校卒業と同時に上京し約20年離れていた実家と同じ匂いや音、並んだ道具などが懐かしかった。毎日楽しく働いていたが、自分の店だったら、もっといろいろなことができるのではないかと起業を考えるようになった。
都内から鎌倉に引っ越したのは、子育てにふさわしい環境を求めて。きっかけは、鎌倉に引っ越した友人からバーベキューに招かれたこと。鎌倉は「ちょっと遠い所」という印象だけだったが、夜の海岸に出てビールを飲んだ時に「すっかり魅了された」と笑う。2006(平成18)年に転居し、しばらくすると「そういえば店をやりたかったんだ」という思いが再燃し始める。
地元菓子店で働きながら事業計画書を手に不動産店を回り物件を探したが、見つからないまま1年が経過していた。発熱して寝込んでいた夜中、帰宅した夫が「見つかった。これから内見に行くぞ」と言い出した。鎌倉駅前で夫が偶然会った先輩から物件を紹介されたという。訪ねると、小町通りから脇道を進んだ先の築30年近い3軒続きのアパートの一室だった。
改装後「昼間から軽くお酒が飲めるカフェ」をコンセプトに2007(平成19)年3月、「Cafe・Rietta(カフェ リエッタ)」を開いた。
店の認知度を上げようと企画したのが料理教室。自分が足を運んだ教室での「知らない人と一緒の調理というだけで疲れ果てた」体験や「店のキッチンが狭かったという物理的な問題」から、生徒は調理せずに見学するだけという独自のスタイルでスタートした。
「一般の料理教室になじめなかった自分のような人がたくさんいた。主婦なら実際に手を動かさなくても見ていれば分かるし、作った料理を生徒さんと一緒に食ながら新たなアイデアを出し合うなど平和で楽しい場になった」という。
はじめは2品を調理していたが、サービスのつもりで出したスープやデザートの作り方も聞かれるようになり、徐々に品目が増えて最終的には「8品の調理を見せる教室」に。常に「授業料の3倍払っても来たいと思ってもらえる内容」を目指した。
生徒数の増加とともに回数は月2回から4回に。希望者が増え続けたため、平日の毎日、さらに午前と午後の2回にすることで対応、カフェの営業は土日だけになってしまった。毎月レシピを変え試作を繰り返しながら、毎日の食材を買いそろえるほか、予約管理や発信なども全て一人でこなした。
約10年が経過した2016(平成28)年には参加者が延べ1万人を超えた。翌年体調を崩したため無期限休業を宣言すると泣き出す生徒もいたという。幸い入院、手術を経て体調は戻った。
再開を視野に入れていた頃、本の執筆を思い立つ。「もともと書くことが好きだった」という本多さんは、出版講座に通った。「誰でも言えることではなく、自分にしか言えないことを書くべき」と教えられ、出てきたテーマが「料理の苦痛を解決する」だった。「自分には言う資格がある。振り返れば、そのための10年だった」と胸を張る。
企画書を送付した出版社の1社から連絡があった。会った編集者は「今まで誰も口にしたことのない言葉。僕たちは共犯者になります」と興奮気味に話しくれた。
完璧を目指さず、嫌ならいったんやめてみようと料理デトックスを提案する「料理が苦痛だ」を2018(平成30)年11月に発売すると、わずか1週間で重版がかかり2カ月で8刷、現在も重版を繰り返している。読者からは「救われた」「泣いた」「読んだ夫が優しくなった」などの声が届いた。「私と同じように苦しんでいた人がいかにたくさんいたかがよく分かった」と言う。
「1冊目は楽しみながらあっという間に書けたが、2冊目は難産だった」と話す本多さん。「ようこそ~」は、「実際には料理をやめられない人がいたことも分かり、あらためて立ち戻り同じ視線で書く分、大変だった」と言う。前著で救えなかった人に対する解決策やテクニックに加え、作りながら「料理が苦痛」を克服し料理力が付くというレシピなども多数掲載した。
本多さんは「とにかく書くことが好き。年末には3冊目、来春に4冊目も出す予定。すでに5冊目の企画書も書き上げている」と今後の出版にも意欲を見せる。「ただ将来はどこに向かっているのか分からない。5冊目が出たときにどんな自分になっているのかが今から楽しみ」と話す。
「見るだけの料理教室」も、当時の3分の1のペースと規模で再開している。