自宅をギャラリーにして古美術品のコレクションを展示販売する「Quadrivium Ostium（クアドリヴィウム オスティウム）」が10月9日、鎌倉浄明寺地区の丘の上にオープンした。

急坂を上った先のギャラリーで黒田さん夫妻が迎える

　黒田幸代さん・貴彦さん夫婦が2年前に新築した自宅の1階をギャラリースペースとして開放。2人が集めた日本をはじめ世界中の古美術品（一部委託販売品を含む）を30点を常時、展示・販売する。

　千葉県内のマンション住まいだった2人。収集していた古美術品などが増えたため「既製の箱の中ではなく、コレクションを生かした暮らしを実現するため」（貴彦さん）、土地を探し求め、湘南などに足を運んだ。

　約2年掛けてたどり着いたのが、鎌倉駅からバスで約10分、橋を渡り、途中急な階段や急坂を上り、地図に掲載されていない私道の先だった。「『普通はこんな場所は買いませんよ』と不動産屋さんにもびっくりされた」と笑う幸代さん。貴彦さんは「でも、とにかく静か。隣家以外は緑と空しか見えない立地で、2人共、一目見て気に入った」と続ける。

　「美術館やホテルのような非日常を感じる空間を」と建築家にリクエストして2019（令和1）年6月、正立方体の上に三角形を4枚貼り合わせたような屋根が載る2階建ての自宅が完成した。丘の上に建つ独特な形状に「天空に浮かんだ家」と呼んだ知人もいたという。

　敷地面積は約739平方メートル、延べ床面積93平方メートル。室内は柱が無い広大なワンルームで、キャビネットなどで仕切って家中にコレクションを配置した。貴彦さんは「訪れた友人が『ギャラリーみたい』と言ってくれた」とほほ笑む。「ただその時点では、ギャラリーとして公開することになるとは思ってもいなかった」と2人は当時を振り返る。

　幸代さんは大学卒業後、松屋銀座（東京都中央区）に勤務し、7階のセレクトショップ「デザインコレクション」に長く在籍した。当時から海外を旅しては、生活の中で使うことを前提にアンティークのカップや皿を振り出しに、ソファやテーブルなど大きなものまで買い求めるようになった。

　一方、貴彦さんは2010年ごろ、安土桃山時代に出世欲と茶器など物欲の間で苦悩する戦国武将を描いた漫画「へうげもの」を読んで、古美術に興味を持つ。古美術店を訪れてみると「名画といわれるものが何億円もする世の中なのに、もっと古い500年も600年も前のものが少し頑張れば手に入る価格で並んでいることに衝撃を受けた」と言う。これを機に2人で古美術店巡りを始めると、幸代さんも次第に古美術の魅力に引かれ、少しずつ買い求めるようになっていった。

　「集めたのは、ただ眺めるだけではなく実際に使うもの。我々にとって古美術品は、あくまでも生活のしつらえとしての位置付け」と話す2人。「ゆくゆくは考え方に共感してもらえる人に使い継いでいってもらえたら」と販売を視野に店舗探しを始めた。

　手頃な物件はなかなか見つからなかったが、市内を歩き回るうちに発見があった。「鎌倉には普通の住宅の1階や一角で商売を始めたような店がたくさんあった」と幸代さん。貴彦さんは「ギャラリーのよう」と自宅を評した友人の一言を思い出し、自宅を店舗にしようと思い立つ。

　自宅から店舗への改装に時間は掛からなかった。居住空間にする2階にベッドを運ぶなどして1階のギャラリースペースを確保した。「古美術品を並べ直したこと、それぞれに値札を置いた程度の変化」と2人は笑う。

　「例えば、英国製の家具をのぞくと日本や中国の古美術が並び、その横には現代のつぼが置かれている店は珍しいはず」と言う幸代さん。「店名は『十字路の入り口』という意味。さまざまな時代、さまざまな場所で生まれたものがはるかな道をたどり、ここで受け継がれ、次に手渡していく場所」と続ける。

　貴彦さんは「我々の寿命よりはるかに長い時を過ごし、たくさんの人が使ったり愛（め）でたりしてきたものが無事な姿で目の前にあるのがすてきなこと。それらを眺めるだけでなく、実際に触れて楽しんでもらえるのは、博物館や古美術店のような重厚な空間ではなく、自宅だからこそ」と話す。

　「元々関心がある人だけでなく、興味はあるけれど敷居が高いと感じていた私たちと同じような人にもお越しいただきたい。お話をしながら新しい世界を知るきっかけになれば」と幸代さん。貴彦さんは「観光地ではない『奥鎌倉』と呼ばれる静かな地の我が家で、ゆっくり時間を過ごしてほしい。お茶を立てて、古い抹茶わんでお出ししますよ」と来店を呼び掛ける。

　営業時間は10時～20時。火曜・木曜定休。完全予約制。