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「女優王国」松竹キネマ100年 鎌倉松竹大船撮影所で生まれた昭和の映画上映と展示

鎌倉山に自邸を構えた田中絹代さん主演の大ヒット作「愛染かつら」1938(昭和13)年ー1939(昭和14)年のポスター(国立映画アーカイブ所蔵)

鎌倉山に自邸を構えた田中絹代さん主演の大ヒット作「愛染かつら」1938(昭和13)年ー1939(昭和14)年のポスター(国立映画アーカイブ所蔵)

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 鎌倉市川喜多映画記念館(鎌倉市雪ノ下2)で1月18日、資料と映画上映で松竹映画を振り返る企画展「昭和を彩る女優たち~松竹大船撮影所物語~」が始まった。

ポスターなどが展示された展示室。来館者が展示品を懐かしそうにのぞき込む

 「日本映画の黄金時代を築いた名作は、昭和の時代に鎌倉の松竹大船撮影所から生まれた」と話すのは同館総括責任者の増谷文良さん。「松竹映画が誕生して100周年の今年、振り返るのに絶好のタイミングだと考えた」と続ける。

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 1920(大正9)年、松竹キネマという名称で映画製作が始まった。他社が舞台の延長で男性が演じる女形を起用する中、松竹は始めから女性を主役に立てていたことから、その後の「女優王国」と呼ばれる一時代を築くことになる。

 やがてサイレント(無声)映画からトーキー(発声)映画に移行する時代が到来。東京蒲田にあった撮影所の近隣に町工場が増え、騒音問題などから1936(昭和11)年に、当時は田園地帯が広がっていた鎌倉市大船(当時は大船町)に移転する。

 移転に際して、用地9万坪のうち6万坪を「日本のハリウッド」と銘打ち分譲地として販売し、収益を残り3万坪の撮影所建設費に当てるという「松竹映画都市」計画を立てた。今回はこうした資料を展示するなど当時の地域の様子や時代背景も伝える。

 「戦争によって松竹映画都市は完成しなかったが、大挙してやって来たスターやスタッフだけでなく、町全体から生まれる雰囲気が、松竹らしい素晴らしい作品を彩っていった」と増谷さん。戦後の全国的な映画黄金期も、「田中絹代さんが鎌倉山に住み、由比ガ浜通りには松竹直営の映画館ができるなど、鎌倉は映画づくりと生活との一体感、いい距離感が保たれていた」と分析する。

 今回展示したポスターは60点。当時の世相を伝える写真などと共に時系列で並べた。特に縦型の大判ポスター10枚は「女優の全身像が描かれ、衣装がよく分かり、たたずまいまで感じることができる。保存状態も良く、資料としても貴重」と話す。

 上映作品は、北鎌倉円覚寺が登場する「帰郷」(木暮実千代主演)、「真知子巻き」で社会現象を起こした「君の名は」(岸惠子主演)、鎌倉在住だった川端康成原作の「雪国」(岩下志麻主演)のほか、「カルメン故郷に帰る」や「二十四の瞳」(ともに高峰秀子主演)、「秋津温泉」(岡田茉莉子主演)など12本。「戦後から昭和の時代の変遷に合わせ、それぞれの女優の代表作を選んだ」と胸を張る。

 中でも「秋刀魚の味」(岩下志麻主演)は、展示と連動。「小津安二郎監督と厚田雄春カメラマンの遺族が鎌倉文学館に寄託した遺品をお借りして」撮影現場を再現した。

 小津監督が手にしていた台本や絵コンテをはじめ、トレードマークだったピケ帽、白足袋(たび)、眼鏡、ストップウオッチなどが並ぶ。厚田雄春カメラマンが使っていたファインダーやメジャーのほか、「小津調」と呼ばれるローアングルの撮影時に欠かせなかった特注の低い三脚も展示。同三脚を赤色に塗り、スタッフは「カニ」と呼んでいたという。

 初めて来館したという女性は「当時、劇場で見た映画のポスターもあり懐かしく振り返った。思い出の映画の上映に合わせてまた来たい」と話した。

 2月22日13時30分からの「横堀川」の上映は、トークイベント「撮影監督・厚田雄春を語る」では厚田さんの三女・菅野公子さんと撮影監督の兼松熈太郎さんをゲストに招く。

 3月18日は、撮影監督の中橋嘉久さんによる「松竹大船撮影所ゆかりの地散策ツアー」を、同24日の「砂の器」上映では撮影監督の羽方義昌さんと書籍「キャメラを振り回した男 撮影監督・川又昻の仕事」で義父を著した川又武久さんとのトークイベント「撮影監督・川又昻の仕事」を開く。

 増谷さんは「名作は時代を超えて愛され、私たちに訴え掛けてくる大切なもの。永遠に滅びない美しさ、映画そのものの面白さをあらためて味わってほしい。上映作品をスクリーンで見れば、さらに感動も増すはず」と来館を呼び掛ける。

 企画展観覧料は、一般=200円、小中学生=100円。映画鑑賞は、一般=1,000円、小中学生=500円(特別上映のみ一般=1,500円、小中学生=750円)。3月27日まで。