3密を避けて新しい生活様式へ!

見る・遊ぶ 暮らす・働く

「大変だけど楽しい」鎌倉の古民家維持運営 「登録有形文化財認定」機に記念誌

かつて「おばちゃんち」だった母屋の廊下で完成した記念誌を手にする夫妻。「渾身(こんしん)の作」と話す

かつて「おばちゃんち」だった母屋の廊下で完成した記念誌を手にする夫妻。「渾身(こんしん)の作」と話す

  • 300

  •  

 「古民家スタジオ・イシワタリ」(鎌倉市長谷1)が国の登録有形文化財に認定されたことを記念し4月25日、「登録有形文化財~古民家スタジオ・イシワタリ~旧田島屋材木店」が出版された。

写真家の福井さん、ライターの真由美さんの思いが詰まった同書。写真集としても読み物としても興味深い(撮影:福井隆也)

 同施設の前身である田島屋材木店が建てられたのは1927(昭和2)年。その4年前の関東大震災で建物が倒壊したことから、材木商の強みを生かし良質な木材を使って強固な建物を再建したという。

[広告]

 「自分にとっては、おばちゃんち」と話すのは、当時の持ち主だった石渡吉隆さんの孫で同施設オーナーの福井隆也さん。「敷地内の裏に建てた家に住んでいたので、祖父と叔父、叔母が暮らす母屋を『おばちゃんち』と呼んで行き来していた」と続ける。

 同家を継いだ叔父・叔母に子どもが無かったため、「おばちゃんが亡くなった2011(平成23)年に、我が家が継ぐことになった」と言う。

 聞きつけた業者が、早速マンションへの建て替えなどの話を持ち込んできたが、「祖父や叔父、叔母の思い出が詰まったこの家をずっと残していく方法はないかと模索した」と当時を振り返る。「ただ、よくあるモダンな古民家カフェのような大胆なリフォームは建物への思い入れがなく思えて、避けたかった」と方向性を定めていく。

 コンセプトは「おばちゃんちをそのまま維持する」ことにした。「もしも、おばちゃんが戻って来たとしても、そのまますぐに住めるような状態を保つ」を基準に考えていくことに。「使わなければ傷み、使えば壊れるのが古い家。ただ、直すにもお金が掛かるため、バランスを取りながら維持保存していくために」、住むのではなく、レンタルスペースとしての運営を始めた。

 テレビやCMなどのロケ撮影に貸し出す一方、2012年3月の木彫作家の個展を皮切りに、作品展やイベント、ワークショップなどにも使ってもらえるようになった。

 「いざ使い始めると気になる所が目につくように」なり、あえてエアコンを外して壁の穴を埋めたり、襖(ふすま)を元の木製の引き戸に変えたり、経年で隙間が空いてしまった戸にはベニヤを貼って美大出身のペンキ職人に汚れを描いてもらったりした。

 「実は人知れず元に戻す細工を少しずつ施している」と福井さん。妻の真由美さんも「けっこうお金が掛かっている」と笑い、「維持していくのは大変だけど、とても楽しい」と声をそろえる。

 レンタルの際のルールも当初は「あれこれ言いたくないので、大事に使ってくれれば好きにしていい」だったが、使う人によって常識が異なり、少しずつ制限を付けざるを得なくなった。「もっと大切に使ってもらえないか」と考えていたところに、ヒントをもらえる出会いがあった。

 2016(平成28)年、同じ長谷にある建造物が登録有形文化財に認定された記念パーティーがイシワタリで開かれた。神奈川県内を中心に登録有形文化財の調査に携わっていた東海大工学部教授の小沢朝江さんとつながり、話を聞くうちに「文化財という『箔』を付けることで、大切に使ってもらえるのではないかと考えた」と言う。

 調査は迷わず小沢さんに依頼した。5人の学生たちも加わり、図面を作成。フリーライターでもある真由美さんは「図面を基にあらためて義母にも話を聞くと、建物の歴史がひも解かれていき、新しい発見があり、この家の物語を書きたくなってきた」と目を輝かせる。

 母屋と由比ガ浜通りに面した門と塀の2件の申請を行い、答申が出たのが昨年7月。年末に認定され、今年の春には建物に掲げるプレートが届く段取りが見えてきた。「4月に小沢先生に建物の解説をしてもらい、夜にはパーティーを開き、同時に記念誌の発行を企画」し、準備を始める。

 昨秋から母親や小沢さんのほか、市内に残る古民家の「旧村上邸」や「加賀谷邸」、市役所なども取材。プロのカメラマンとしても活躍する福井さんが、これまでにイシワタリで撮ってきた8年分の大量の写真もあらためて見直した。

 完成した同書はA5変形判、カラー80ページ。建物や家族の歴史、こだわり、保存の難しさや課題、意見や提言、スタジオ・イシワタリとなってからの活動を、2人の文章と約130枚の写真で構成した。

 「発行日に企画していた記念イベントで販売を始め、その後も興味を持ってくださった方が購入してくれるだろうと楽観していたが、コロナ禍でイベントも全て中止になってしまった」と、500部刷った本を前に2人は苦笑いする。

 「とはいっても、戦争も乗り越えてきたこの家と同様、少々のことではへこたれない」と、レンタルスペースとしての活動を休業している間も、家の修繕や庭の全面整備に取り組んでいる。「まずは写真室を再開して、少しずつ日常を取り戻していけたら」と今後を見据える。

 福井さんは同書の編集後記で「登録有形文化財として認められたことはとてもうれしい。しかし、私が望むのは、イシワタリが鎌倉最後の古民家になって唯一無二の存在になることではない。鎌倉らしい景観を面として残すための一点であり続けることを願っている」とつづった。

 定価は1,000円。同施設で販売するほか、メールでも受け付ける(送料300円、振込手数料別途)。

Stay at Home