鎌倉市長谷在住の俳優で漁師の加藤茂雄さん(93)が初主演した映画「浜の記憶」が完成し、夏の公開に先駆け光明寺(鎌倉市材木座)で6月1日に上映会が開かれる。
大部屋時代から今回の撮影までの思い出を楽しそうに話す加藤さん。「もう1本依頼が来たら?」の問いに「間違いなく来ないよ」と笑う
1925(大正14)年に鎌倉で生まれ育った加藤さん。戦後間もない1946(昭和21)年、鎌倉アカデミアに演劇科第1期生として入学し、初舞台は日劇小ホールでの「春の目ざめ」で校長先生役を務めた。「1年生で何も分からないまま、ただ大きな声で演じただけだが、満員の観衆の前でとにかく気持ちが良かったのを覚えている」と加藤さん。2年生の時には全国を巡業する舞台で主役に抜擢され、演じることにのめり込んでいったという。
卒業後に東宝と準専属契約(後に専属契約)し、「大部屋俳優」として数々の映画に出演した。黒澤明監督の「生きる」「七人の侍」、本多猪四郎監督の「ゴジラ」シリーズなどにも出演。専属契約解消後は「ウルトラシリーズ」「太陽にほえろ!」「大江戸捜査網」「赤い衝撃」などのテレビドラマにも進出するなど幅広く活躍し、「数え切れないほど」の作品に出演している。
2017(平成29)年の大嶋拓監督のドキュメンタリー映画「鎌倉アカデミア 青の時代」では、今となっては数少ない同校出身者として案内役を務めた。今回の作品は、昨年6月に大嶋監督が加藤さんを役者として撮影したいと声を掛け実現したという。
2011(平成23)年までテレビドラマで準レギュラーを務めた後は、年に数本、演劇公演に出演する程度で、漁師の仕事が中心となっており、「役者の仕事はそろそろ終わりだと考えていたので、主演映画なんて夢にも思ったことはなかった」と言う。
クランクインは昨年秋で、加藤さんの自宅がある鎌倉が舞台。一人暮らしの老漁師と亡き祖父が漁師だったという若い女性写真家が織りなす物語が展開される。
「映画での主役は初めてだったが、大部屋時代からあらゆる役柄を演じてきたので引き出しだけは多い。しかも鎌倉が舞台で漁師役。思っていたよりすんなり楽しく演じることができた」と振り返る。
オーディションで選ばれた相手役の宮崎勇希さんについて「まるでシェイクスピアの『夏の夜の夢』に出てくるパック(妖精)のようで、こっちも夢心地だった」だと話し、娘役の渡辺梓さんについては「NHKテレビ小説のヒロインだったすてきな役者さんとご一緒できてとてもありがたかった」と続ける。
渡辺さんも「初めてお会いしたとき、お顔のしわが彫刻のようにきれいで、これまでの生き様が現れてると思い見とれてしまった。これからも映画に憧れ、映画に生きようとする私たち後輩の希望でいてほしい」とエールを送る。
「長く役者を続けてきたご褒美かもしれない」と笑顔で話す加藤さん。「実は大嶋監督の父親で脚本家だった青江舜二郎さんはアカデミア時代の恩師」だと言う。ある日、たまたまトイレで並んでいたときに卒業後の進路を問われ、「『脚本家にでもなろうと思います』と生意気な口をきいてしまった。脚本家にもなっていないし、有名な役者になったわけでもない。そんな僕を天国から見ていて、息子さんに脚本と監督をやらせ僕を起用させたのではないか」と打ち明ける。
大嶋さんは「50代の自分よりもはるかにパワフルでいつも笑顔を絶やさず、撮影中はずっと加藤さんに元気をもらっていた。映画をご覧になれば、加藤さんの生命力を感じ元気に、前向きな気持ちになっていただけるはず」と話し、「大正、昭和、平成、令和と4つの時代を生き抜いてきた加藤さんの一世一代の晴れ姿を見てほしい」と呼び掛ける。
同作品は52分。6月1日にはかつて鎌倉アカデミアが開校した地でもある光明寺(鎌倉市材木座)で上映会を開く。開演時間は13時~17時。入場料は1,000円。「鎌倉アカデミア 青の時代」との2本立て。
新宿ケイズシネマ(新宿区新宿3)では、7月27~8月2日の連日10時30分から上映。
これまで最高齢での主演映画作品は、ギネスブックにも認定されている撮影時に89歳だった赤木春恵さんの「ペコロスの母に会いに行く」だという。