新型コロナウイルス感染拡大の影響で売り上げが減っている鎌倉の飲食店でもテークアウトの弁当などを販売する店が増えている中、店頭に置くメニュー看板などを描いて無償で提供する女性がいる。
鎌倉六弥太の「鎌倉バーグ弁当」。もともと大ファンだという藍田さんも「店主が一つ一つ丁寧に手ごねして焼いたものが持ち帰れるなんてうれしい」
1人でこの活動をしているのは、藍田留美子さん。描き換え可能な黒板というツールで、鎌倉や都内の個人店から大型スーパーなどの集客や販売促進活動を行う「黒板マーケティング研究所」(鎌倉市長谷)の代表だ。
きっかけは、3月下旬に鎌倉駅西口の御成通りを歩いていたときのこと。「仕事柄、看板や貼り紙に目がいくが、お好み焼き屋さんに貼られていたテークアウト用のチラシが雨に濡れ読めなくなっていた」と藍田さん。「いくらおいしいものを提供しようとしても伝わらないのはもったいない。何とかしたい」と動き出す。
藍田さん自身の仕事も半分以下に減り苦しい状況だったが、鎌倉で最高齢の人力車夫である青木登さんの話を聞き、背中を押された。「仕事が無くなっても体力維持のために友人を無料で乗せて走っている」という青木さんの人力車に「応援したくて」と有料で乗せてもらった。70歳を超えても力強く引く背中を車上から見ているうちに「どんなことがあっても、自分も常に描き続けていくことが大切」と励まされた。
100円ショップで黒板を購入し、「テークアウトをアピールする看板を描きます」とSNSで発信したところ反応があり、これまで22枚描いた。依頼主から受け取るのは黒板の実費110円のみ。
鎌倉駅西口近くの豆腐ハンバーグ専門店「鎌倉六弥太」(鎌倉市御成町)からの依頼は特にうれしかったと振り返る。「実は鎌倉に来て初めて知り合いになったお店で、豆腐ハンバーグが大好き」と言う。「あのふわふわで熱々が持ち帰れるなんて」とわくわくし、ペンを持つ手に力がこもった。
依頼した同店店主の田所裕基さんは「常連さんでもある藍田さんの看板は、いつも町中で見かけていた。ただプロに無料でお願いするのは気が引けた」と言うが、「藍田さんの宣伝にもなるし、さまざまなつながりのきっけになれば」と依頼。届いた黒板は「想像以上に丁寧で分かりやすく、温かみがあった」と入り口に掛けると、早速足を止める人が増えたという。
店主たちからは「見てテークアウトしてくれる人が増えた」「開店前に黒板を出した途端にオーダーが」「100円の黒板の集客力に驚いた」「アナログのすごさを知った」などの声が届いた。「店の方も、買う方も少しでも元気になっていただければうれしい」と藍田さんは手応えを話す。
描く枚数が増えるに連れ近くの100円ショップでは黒板が売り切れになり困っていると、ユーザーの一人だったカクテルバー「Bush Clover(ブッシュクローバー)」(雪ノ下)店主の奥田広明さんらがわざわざ遠方の100円ショップで購入し寄付してくれた。「奥田さんだって営業自粛で苦しいはずなのに、とてもありがたかった」と感謝する。
「勝手に描かせてもらっているのに、逆に励まされるほど鎌倉は人も温かいことをあらためて実感した。初めて描かせてもらうお店も多いので、自分にとっての学びも多い」と藍田さん。「前半に描いたお店には申し訳ないが、黒板を寄付していただいてからは0円で受けている。これからも描き続けるので声を掛けて。三密にならないよう注意しながら自転車でお届けする」と笑顔で話す。