文章がない絵本「ウィンメルブック」の鎌倉版が7月20日、出版社「1ミリ」(鎌倉市七里ガ浜東5)から発行された。
同書は、横26センチ、縦33センチの大判で16ページ。絵のみで文章が全くない点が特徴。鎌倉市内の場所と人間や動物などさまざまなキャラクターが見開き(2ページ分で横52センチ)当たり1カ所の合わせて8カ所描かれている。
同書を企画したのは妹尾和乃さん。スイスにいた7年前、子どもと出かけた動物園で、見たこともない大判の絵本と出合ったことがきっかけといい、絵本には「その動物園が凝縮されていて、文章がなくても楽しめ驚いた。調べるとドイツ語圏の国々では、さまざまな場所がモチーフのウィンメルブックが一つのジャンルとして定着していた」と振り返る。「絵本の中で思い思いに行動するキャラクターを見つけて楽しんだり、想像力を働かせて自由に物語を作ったりできるウィンメルブックが大好きになり、日本にもこんな絵本があったら」と思いを募らせていたという。
帰国が決まった2021年、妹尾さんは住むことになる鎌倉市内の出版社「1ミリ」に思い切ってメールを送ったという。同社の古谷聡さんは「古くから家庭や教育現場で親しまれ、子どもに物語を与えるのではなく引き出すウィンメルブックの素晴らしさ、鎌倉を舞台に作りたいという熱い思いがつづられてられていた」と話す。幼稚園に通う子を持つ父親でもある古谷さんは妹尾さんの思いに共感するとともに。児童書としてだけではなく、地域社会をつなぐツールととらえている点にも可能性を感じたという。「実在する街の自然環境や文化、歴史などを盛り込むことで、絵本を介して地域の魅力を発信することができる」と出版を快諾した。
同書に盛り込む情報を集めたりアイデアを出し合ったりする傍ら、2人が探したのは、洋書の雰囲気そのままに、和のイメージが強い鎌倉を表現できるアーティスト。インスタグラムでイラストレーターのイケシタコウヨウさんを知り、早速メールを送ると、趣旨に賛同を得た。妹尾さんは「絵本も大きなサイズのイラストも描いたことがないというので、お互い初めて同士だからこそチャレンジになるはずで、わくわくした」と話す。
妹尾さんが苦労したのは、同書に登場させる場所選びと、実際の街を切り取ってデフォルメし、ページに詰め込む作業。鶴岡八幡宮や若宮大路、由比ガ浜海水浴場、建長寺、長谷など観光スポットだけでなく、地域の人に親しまれている大船駅や湘南深沢駅の周辺、腰越漁港も細かく描いてもらった。妹尾さんと古谷さんらは、何を描けばその場所の特徴が伝わるのか、誰がいるとその土地らしさが伝わるのかなどを何度も考え話し合ったという。
一方、楽しかったのは「どんなキャラクターがいたらみんなが喜んでくれるか、地域性が出るかなどを考えているときだった」と妹尾さん。全ページに、74歳で現役の人力車夫や常に武士の装束を着てバリアフリーのゲストハウスを運営する若者など実在する人物が登場するほか、さまざまな生き物や擬人化した動物たちの姿も。鎌倉時代の源頼朝と北条政子、明治時代の鎌倉文士、昭和の松竹大船撮影所の映画スター風の人物など時代を超えたキャラクターも絵本の中の街を行き交う。ベースができてくると市内でワークショップを開き、アイデアやアドバイスをもらい、耳にしたエピソードを同書に盛り込んだという。
古谷さんは「だからといって、それを読者に分かってもらう必要もないし、そもそも文章がないので説明もできない。読者に委ねるので自由に楽しんでほしい。鎌倉好きな人、歴史や文化に興味がある人なら、クスッとしてしまう要素をたくさん隠している」と話す。
妹尾さんは「物語を語るのは『読み手』という面白い絵本ができた。子どもから大人まで世代を超えて大きな絵本をのぞき込みながら語り合ってほしい。今回の鎌倉版をモデルに、ゆくゆくは日本各地に『ウィンメルブック』が広がっていくとうれしい」と話す。
価格は3,200円(税別)。鎌倉駅西口のたらば書房やカフェクレインポート、同駅東口のかまくら駅前蔵書室、大船のポルベニールブックストアなどで購入できるほか、全国の書店でも注文できる。